「依存症家族から」・Kさん

『依存症家族から』

GAIA家族会 Kさん

私たち家族いま私は7歳の息子がいます。この体験談を書く4日前こんな会話がありました。

息子「ママは90歳になったらおばあちゃんになるの?」

私 『そうだよ』

息子「イヤだ!ママはずっとママでいて!」(半べそ)

私 『う~ん・・・』

何気ない会話ですがとてもうれしかったのです。息子は、いずれ老いておばあちゃんになる私が嫌でいつまでも「ママはママでいてほしい」のでしょう。

その息子が2歳の時、夫は沖縄へ行きました。その時のことを息子は覚えていません。それでよかったと私は思います。

夫と知り合ったのは約20年前のことです。夫との明るい未来しか思い描けず、当時の無力な私は、何も知らず、何もできなくて、言葉や行動で夫をコントロールしようとしていました。また「いつかはやめるだろう」と楽観的に構えていました。しかし、この先15年以上苦しめられたのです。理由は「依存症という病気のことを理解していなっかた」これに尽きると思います。

幸せな思い出も、もちろんたくさんあります。多くの人に祝福され結婚し、子宝にも恵まれました。新婚生活も薬を使っている夫と喧嘩をしながらもなんとか過ごしていました。しかし、3人目の子を妊娠した時我慢も限界へ・・・

薬を使い続ける夫、帰宅しない日々、ギャンブル、多額の借金、女性問題など数えたらきりがありません。もちろん私にも喧嘩の原因はありましたが、こんな夫に素直になれなくて子供たちの前でヒステリックに喧嘩ばかりしていました。今考えると、上の二人の子供たちには本当に申し訳なく思います。特に2番目の子には今だに甘い私がいます。償いの気持ちがあるのでしょうね。

そんな中、江戸川区女性センターから上野保険所を紹介され、家族会やSS、ダルクにも足を運びました。そして、鈴木さんや谷川さんと出会うことができたのです。私や夫にとって奇跡の出会いでした。インターネット等の情報が少ない時代でしたから。

またここからが長かった(笑)

夫が自ら沖縄へ行くと決めるまで3年以上かかりました。借金だらけの我が家に入寮するお金があるはずもなく、夫の状態も悪くなるばかりでした。お互い何度も離婚しようと考えていました。

そんなある日、ひょんなことからまとまったお金ができて、夫は沖縄へ行く決心をしてくれました。

しかし、私は不安でした。本当に夫は回復してくれるのか・・・・

本当に不安でした。「回復している人たちを見て、ポジティブに考えよう!」なんて言われても、いきなりそんなことできるわけありませんよね。毎日一人で泣いてばかりでした。子供たちや仕事のことを一人で抱えて無力を感じました。

それでもやるしかなかったのです。私にできることは、家族会に参加して、依存症について勉強し、鈴木さんや同じ境遇の仲間を信じ、何より夫を信じることでした。

そして半年後、何事も無かったように夫は沖縄から帰ってきました。

あれから5年以上たちますが、今私はすごく幸せです。夫の病気に対する不安はありますが、以前のように夫をコントロールしようとせず、夫に任せています。たまに喧嘩すると鈴木さんを頼ってしまうこともありますが・・・(スミマセン)

この体験談を書いていて、私が何か夫に対して協力したことはあまり思い出せませんが、それでいいと思います。今、私たち家族は毎日幸せに過ごすことができているからです。私や夫、子供たちにやさしく関わってくださった皆様、本当にありがとうございます。家族会での多くのお母さんたちとの出会いは私の宝物です。

これからも、ゆっくり、あせらず家族そろって歩いていこうと思います。

ありがとうございました。

お問い合わせバナー