仲間の体験談 Kさん

 

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読者のみなさんこんにちは。Kと申します。沖縄もかれこれ5年になりますが、今年の沖縄は例年よりも10日以上早く梅雨入りしました。ジメジメした中私の体験談は余計重く感じさせてしまうかもしれませんが、最後まで目を通していただけたら幸いです。

冒頭でも申しましたが、私が沖縄に来たのは5年前の暑い夏の日でした。その頃の私は薬物を抜いて2週間、両親や兄弟には申し訳ないですが薬物をやめる気は全くありませんでした。そのような思いを秘めた状態でGAIAの生活が始まりました。

最初の1か月は仲間の名前や、施設の決まりごとを覚えることに精一杯であっという間に過ぎました。少しずつ生活に慣れてきた私は、心の余裕からか来た当時の悪い考えが頭に浮かぶようになっていきました。それが施設での生活が3か月経ったある日、ついに「飲酒」という行動に発展したのです。それからというもの仲間を巻き込み、夜な夜なこそこそしながら飲酒する毎日を送って楽しんでいました。しかし飲んでいてもアルコールの酔いとは裏腹に、どこか空虚感がありました。それでも飲酒は止まらず、3か月間飲み続けていました。

そのような中一緒に飲酒していた仲間の帰郷というきっかけがあり、何を思ったのか私はミーティングで飲酒していたことを仲間の前で暴露したのです。その時周りの仲間から拍手が起こり、私は胸に閊えていたものが取り除かれた感じがしました。仲間の暖かい歓迎から、私の回復は始まったのです。

それからの私はボディボードや素潜り、釣りなどのスポーツをして、薬物や飲酒で蝕まれた身体から健康な身体を取り戻していきました。そして自分の希望を施設長やスタッフにいうことが出来るようになり、普通自動車免許の取得をし、ついに大学生になることを目標に受験勉強を始めました。

受験までの1年はGAIA糸満ハウスへの転居など、スタッフや仲間の配慮のおかげで勉強に集中することが出来ました。しかし実際のところ周りの協力に応えることが出来ず、成績の上がり下がりからくるストレスに悩まされていました。その時ある仲間から施設以外のNAミーティング会場を勧められました。元々ミーティングが苦手な私は、仲間とともにその会場に渋々足を運びました。そこは施設で行くNAミーティングとは違い、社会に出ている人も多い会場でした。施設内では普段仲間に配慮してなかなか話しづらいことも話せるその会場に惹かれ、初めは月に1回でしたが、徐々に毎週通うようになっていました。一週間のたまったストレスをミーティングで吐き出すことで、リセットするようになっていきました。そのような受験生活を送り、ついに大学生になることが出来ました。

大学2年に上がる前に一人暮らしを始めましたが、念願の大学生活を送っている間も毎週のNAミーティングを欠かさず通う、シンプルな生活を送り続けました。充実した毎日を送り、気づいたら現在大学4年になりました。3年の終わりから就職活動も始まり、一社から内々定も頂くことができ卒業論文を残すのみです。

沖縄での生活の中で私は、受験の合格から「自信」、仲間の協力による「仲間の大切さ」、そしてどんなに迷惑をかけてきても見捨てず、見守ってくれた「家族の大切さ」を学ぶことができました。GAIAの中で薬物を断ち、自分と向き合う時間を持てなかったら、それらを学ぶことが出来なかったと思います。

これから1年後には私は社会人になります。これから先の人生悲しいことや楽しいこと、辛いことなど数多く待ち構えていると思います。たとえどんなことがあっても私は「自分は依存症者だから駄目な人間だ」と気負いするのではなく、自分のしてきた経験を糧に頑張っていきたいです。

長くなりましたが私の体験談に最後までお付き合いくださった皆さん、ありがとうございました。

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