『回復への道』・Sさん

Yさん

S・C 『回復への道』

昨年の5月、自分は逮捕されました。

職場のお金を横領、使い込んだことが原因でした。

自分はギャンブル依存症です。

高2頃から麻雀を覚え、ゲーム喫茶やパチンコ、スロット等、賭け事が大好きでした。はじめの頃は友達と楽しんだり、勝ったら皆で飲みに行ったりと娯楽の一つにすぎませんでした。

おかしくなったのは、大学を卒業して沖縄に帰ってきてからです。仕事はしていましたが、車のローンや遊興費等で生活費が足りなくなり、初めてサラ金に手を出しました。ドキドキしながら受付をすると、ビックリするくらい簡単に十万円を借りる事が出来ました。この時は自分が大きな力を得たように感じ変な自信も付きました。本当にうれしかった。

後はお決まりのコースです。

お金が足りなくなると融資額を増やし、最終的には8社から借金していました。総額は一千万円で、その全てを親に尻拭いしてもらいました。親兄弟にボロクソに言われ、その時は本当に反省しました。でも、「もうギャンブルはやめよう」ではなく、「借金はせずにギャンブルをしよう」だったのです。

2・3週間後にはギャンブル再開です。

もうサラ金からお金を借りることが出来ないので、今度は周りの人間がターゲットでした。

友達や彼女から色々な理由(ウソ)でお金を引き出し、ギャンブルを続けました。

借りても返さない。こんな事が続くともちろん人は去って行きます。そして自分の嘘はどんどん巧妙になっていきました。反射的に嘘がつけ、それを組み立てて相手を納得させるまでになっていました。

しかし、人を裏切り続けていれば結局、残るのは自分一人でした・・・。

自分は社会的な責任の重い職に就いていました。

普通の大人なら、小学生でさえやって良い事と悪い事の区別をつける事が出来るはずです。

ギャンブルの止まらない自分は職場のお金に手を付けるようになりました。

「このままではいけない・・・」と思いながらも「どうにかなる」「ギャンブルで空いた穴を埋める為だから仕方ない」等、正当化しながら、更に深みにハマっていきました。

そして逮捕。

面会に来た家族、特に母親の憔悴しきった顔は一生忘れる事は出来ないと思います。

「なぜこうなってしまったのか」「どこで狂ってしまったのか」「あの時にやめておけば・・・」今までの後悔と、この先どうなるかの不安で頭がいっぱいでした。

幸い、多くの人の助力で不起訴となり、家に帰る事が出来ました。

しかし、本当に苦しいのはそれからでした。

外出も出来なくなった母親、趣味のサークルにも参加できない父親、ボーッとしている両親を見るのは辛いので、自分も部屋に閉じこもり、深夜になるとテレビを見るという引きこもりになっていました。

「明けない夜はない」というとおり、自分の生活にも転機がやってきました。

かいクリニックの稲田先生から、琉球GAIAを紹介してもらったことがきっかけです。

施設長の鈴木さんの目を見て、「この人には絶対嘘つけないな」と思いました。全てを見透かしそうな深い目の色が印象的でした。

琉球GAIAに通所しながら、ミーティング、スポーツプログラムに参加し、久しく忘れていた感覚を少しずつですが取り戻しつつあります。体を動かす心地良さ、楽しさや喜びを仲間と分かち合う素直な心等、ギャンブルをしていた頃からは考えられない変化です。

また、薬物やアルコールに問題のある仲間と共に過ごす中で、自分と似た苦しみや悩みを共感し、違う苦しみや悩みを知る事が、自分の成長の大きな糧になっています。

家族も少しずつ前の生活に戻りつつあり、母もウォーキングやパッチワークを始め、父親もサークル活動を再開するようになりました。ガイアの家族会に参加したことが、両親の回復にも大きく影響しました。こうした変化を見ることが自分の回復にも役立っています。

『私は依存症になって良かった』

どこかの講演会で聞いた言葉ですが、この言葉にはすごく勇気をもらいました。 まだまだ自分は、ギャンブルのせいでマイナスな事が多く、そんなことを言ったら親にぶん殴られてしまいます。

しかし、その日、その時やるべき事、ミーティング、セミナー、プログラム、ステップをこなしていく事があの言葉へ向かう道だと確信しています。

そして、何年かかるか分かりませんが、「自分はギャンブル依存症になれて良かった」と堂々と言えた時が自分にとって本物の回復だと思っています。

あと、鈴木さんをゴルフでコテンパンにやっつけて、鈴木さんの持つスコッティーキャメロンのパターを譲ってもらった時が真の回復かなぁ(笑)

お問い合わせバナー