『ゆっくり のんびり 8年目の夏』・Bさん

図1

「ゆっくり のんびり 8年目の夏」

GAIA OB BON-BONさん

今回のテーマをいただいて、最初に湧き上がってきたのは「のんびりなんてしてない、必死だよ。幸せと感じられなくて辛いんだ、こんなに幸せなはずなのに」こんな頭の中の声でした。きっと、自分がやってきていることを認めてもらいたい気持ちなんだと思います。そして認めてもらっているんだと思います。それを信じない、必死に受け取らないのが沖縄に来て8年目、クリーンを与えられて八年目の僕の姿。

これまでも何度か体験談を書かせていただきました。だけど今回は締め切りを過ぎている今も、どうにも筆がすすみません。一体なぜなのでしょうか。色々書き出したり、タイミングを待ってみたりしたけれど、今ひとつな感じです。でも、本当はわかっていた。私は今、全力で逃げだしたい。自分の可能性、自分の人生、注がれてきた両親からの愛、それらを思うと「申し訳ない」気持ちでいっぱいになります。そして、これが私がいつも使う私の物語なのでした。

 

「自分の人生の責任を引き受けたくない」これは僕の真実の言葉だと思っています。では、責任とは一体何なのでしょうか。辞書には、

①立場上当然負わなければならない任務や義務。② 自分のした事の結果について責めを負うこと。とあります。ふむふむ、なんか親父を思い出すぞ、という感じです。ポールさんに出会い、仲間に出会い、施設長はじめ本当にたくさんの人たちに支えられながら、ここまで来ることができました。ここから、「責任」を考えると、上記の意味とは違うものが見えます。英語で責任はresponsibilityですが、これはresponse(応答・反応)とability(能力)という2つの言葉からなっています。つまり、何かに応答して応える能力ということになります。私がこの8年間、ステップを入り口として取り組んで来たのは、結局これに尽きると今は思っています。

ミーティングに行き、分かち合い、フェローシップで馬鹿話で盛り上がる。スポンサーに泣きの電話を入れる、怒って嫌いになる、また好きになる。こんなことの繰り返しで学んできたのは、「正直になること」、「心を開くこと」、「前向きに取り組んでみること」。先人達の知恵は、多くの仲間の命の上に重なっている実践の知恵。取り組みさえすれば、必ず効果があると謳われているように、私にも本当に効果がありました。

回復のプロセスの中で、本当にたくさんの体験が与えられました。そして、それは私というオリジナルでユニークなものであり、似ている部分はあるにしても、私だけのもの。NAはこれを許してくれました。常に他の誰かに承認と許可をもとめ、自分で自分を愛することを放棄していた私にとって、これを受け容れることは簡単ではありませんでした。自分の人生の責任を引き受ける、とは、自分自身の真実に呼応していくことだと思います。大切なものを大切に出来ること、繋がりたい人と繋がれること。シンプルだけど、気づきを形にしていく、形にしたものを引き受けていくことは簡単ではありません。私の生き方のクセは結果を怖がり、良いように解釈します。薬を使い続けて、気がつけば薬を使うこと以外何もやりだせなくなっていました。だけど、自分だけがそれに気がつけない。次は何かある、違った結果があるはずと期待していました。

真実に向き合うことは本当に難しく、痛みを伴うことも多い。だから誤魔化したい。だから生き延びてもこれた。その意味で、私は変容のプロセスそのものであり、結果ではありません。しかし、周囲の人は結果を私だと思う。私はいつもプロセスの中にいて、湧き上がる感情や気づきに導かれて、右往左往しながら人生を進んでいるんだと思います。12ステップと仲間の支え、これが私の新しい人生ナビ。目的地は、ぼんやり思い出してきたところです。

この4月から、生まれて初めてちゃんと就職することが出来ました。子ども達に関わる仕事です。これまでの人生が誰かの役にたつかもしれない、そこに深い喜びがあるように思います。しかし、それを受け取るためには、深く自分を愛し、自分を受け容れ、自分で自分を認めていくことが不可欠なのです。ことある事に親を責め、世間を責め、自分を責める。被害者ゲームが大好きで、そんな自分が大嫌いだけどやめられず、大切な人たちと自分を傷つけ続けてきました。それでも、今はこう思います。親も自分も、その時に選べる最善の選択をしてきたのだと。ただ、そうであったのです。誰かが悪者で在る必要があったし、私は正しくなければならなかった。そして、ただその世界が自分にあったのです。難しい表現になってしまっていると思いますが、僕は、「あなたがあなたであっていい、ただ私である」ということを体現して生きていくことを目指しています。子ども達が、私をみて自分も同じように生きて良いんだって響き合えたら本当に嬉しい。

最後に、ここまでフルサポートしてくれている両親に心から感謝の気持ちを伝えさせてください。

「ありがとう。ここ数年の僕の活動を、信じてくれてありがとう。僕は、それが当たり前だと思っていたけど、ようやくそれが当たり前でないことに気がつきました。あなた方の息子であることに誇りを持っています。これからも相容れないことは多いでしょうが(笑)、愛しています」

先日、父親に怒りながら、どうしてこの人は私を受け取ってくれないんだと憤慨していました。瞬間、「あ、受け取っていないのは僕だ、僕が恨み続けているだけだ」と気がつき、生まれて初めて親父に心から謝ることができました。ずいぶん辛い思いをさせてしまった、ごめんなさいと。胸の奥の方で、熱くなった砂が溶けていくようでした。私が私を赦せた瞬間でした。被害者ゲームは卒業です。トイレが一人でできなくて、おまるでうんこしてる子どもみたい。おかーさーんって呼んで来てくれないと拗ねる!さぁ、もう自分でトイレにいこう(笑)

今回の体験談をかかせていただき感謝しております。私にとって、ゆっくりのんびりは、まさに今必要な言葉でした。やるな~ハイヤーパワー!生き方は、急に変えるとあぶないよ。気楽にいこう、でもやろう。

ありがとうございました。

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