『新しい生き方、みーつけたっ』・Fさん

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「新しい生き方、みーつけたっ」 琉球GAIA OB Fさん

早いもので、私が回復施設につながってから十回目の春が来ようとしています。この六月で、私のクリーンも七年を迎えます。いつの間にか、クリーンのほうが長くなってきました。沖縄へ来るまでは、スリップが止まらず、高いビルを見れば、いつかあそこから飛び降りるのではないかと、意味もなく不安になっていたことが、つい最近のことのように思い出されます。

春を迎え、社会が一斉に新しい動きに包まれると同時に、都会でも道ばたに咲く小さな草花が一斉に咲き始めます。桜も満開になり、何か新しいことがはじまりそうでワクワクしてきます。しかし、この時期は仲間が亡くなることも多いんです。私が沖縄へ来てから最初の年、突然の知らせが届けられました。今だから書けることですが、あの頃の私には、いつか自分も死を選択してしまうのではないかということが、とても現実感をもって迫ってきていました。だからなのでしょうか、死を選んだ仲間に共感することが恐ろしく、受け入れることが出来ませんでした。

「天国から、俺たちのことを見守っていてくれるよ。

これでようやく楽になったんだ。お疲れ様でした。」

そうやって祈る仲間の言葉は、きれい事にしか聞こえず、それを受け入れてしまったら、自分がいなくなってしまいそうで、とても怖かったことを、よく覚えています。

この季節になると、私はいつも何とも言えない気持ちになることが多いです。大好きな季節なのですが、それは、ずっと小さい頃からそうだったように思います。特に思春期に入り、不登校がはじまってからは、春は自分だけが取り残されていくようで、不安定な気持ちになることが多かったのです。ただ、そんななかで薬の生活がはじまり、身体の快楽と精神的な解放と共に、目に見えない「透明な檻」がゆっくりと築かれはじめたんです。透明だから周りからはなかなか気づかれないし、その中にいれば私は安心することができた。やっと見つけた、私の「安全基地」でもあったんです。八畳の部屋、散乱した破廉恥な本やビデオ(懐かしい!)、何かを書き殴ったような意味不明のメモ書き。雨戸は全て閉められ、一カ所だけ5センチほど開けてある。それが、私と世界とをつなぐ小さな「ドア」。最後、つぶれる間際に、たまたまショパンのノクターンが流れたんです。その瞬間でした。その5センチの世界の窓から、真っ赤に燃える夕日の光が差し込んできたんです。リピートされるピアノの音色と、流れ続ける破廉恥なビデオ、足の踏み場もない部屋に1人。電話をかける相手もなく、かかってくることもなく、ただ、夕日を見て「終わった。全てが、終わったんだ。」と思って、無表情のまま、ただ、涙が流れていきました。ほほを伝わる涙に暖かさを感じながらも、私はカッターで自分の手首や顔を切っていました。狂気だけが、私を安心させてくれていたように思います。

そんな私も、この春に卒業を迎えます。しかし、冒頭に書いた「新しい生き方」とは一体何なのでしょうか。バイトをしたり、学校へいったりすることなのでしょうか。私は周りから見れば立派にやっているように見えることもあるらしく、実際、この数年間は走り続けてきました。

きっかけは3.11後の被災地での体験です。人はいつ死ぬかわからない、好きなことをやろう。やりたいことをやろう、と本気で思い、人が生きるのに大切なことを学びました。私にとっての新しい生き方とは、「魂の成長のために生きること」だったのです。

12ステップは、人として何も特別なことをしろ、というものではありません。それよりも、人が持っている力や能力を最大限発揮するのにとても有効だと思います。豊かな土壌に立派な野菜が育つように、畑を耕し、良い種を選び、水をやり、手入れをしながら、時には逆らえない自然の力に右往左往して、太陽に向かって精一杯命を全うする。そんな生き方を、教えてくれているように思うのです。桜には桜の自然が、ヨモギにはヨモギの自然があります。桜がヨモギを目指したり、そうなれない自分を責めるのは、私が福山雅治になれないと言って落ち込むようなものです。ああ、勘違い。それだけです。

では、これから何をしていきましょう。確かに専門学校へも通わせてもらって、不安だった学生生活もなんとかこなしている。ミーティングにも出ている。でも、やっぱりなんか私って偉そうだし、周りからの目も気になる。それが苦しい。がんばるほどに謙虚さからも遠ざかって、イライラして、怒っちゃいけないと思うほど、気がつくとまた怒鳴っている。何度も何度も繰り返して、いい加減うんざり。わかっているのに、やめられない。そうか、「知っている」と「出来る」ことのあいだには、こんなにも大きな違いがあったんだ!!

そう、ステップを信じて、「出来ること」をやり続けることが、私の「新しい生き方、みーつけたっ」なのです。地球は「行動の星」なのだと私の大好きな人が教えてくれました。そして「学びの星」でもあるそうです。だから、昨日と一つでも違う行動をしたら、それは立派な前進なのです。ただ、私は古い地図を信じて使っていたから、病院に着いちゃったのです。新しい「ステップ」という人生ナビゲーションを手に入れ、地図もアップデート完了!あとはそれを信じて進むだけです。今のところ、とても素敵な出会いを運んできてくれています!ただ、行き先を教えてくれないのが、このナビの難しい所ですね(笑)

沖縄へ来たのも、ガイアに出会えたのも、もしかしたらナビにセットされていたのかもしれません。本当に感謝しています。バイトに大学、自助活動にボランティア、大忙しですが、「与えるもの」が「与えられるもの」。そう信じて、今日も失敗しながら、これを書いて1cmだけ前に進めました。

明日は、今春卒業する同級生と施設との野球の記念試合です。これも、ずっとやりたかったことです。どうか、雨がふりませんように。どうか、仲間が幸せになりますように。

みんな、ありがとう。私は、元気です。

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