『僕は薬物依存症者です。』・Nさん

Nさん

『僕は薬物依存症者です。』・Nさん

僕は薬物依存症者です。使っていた薬は覚醒剤です。東京から沖縄に来て2年と半年が経ちます。2年と半年? ずいぶん長いこと沖縄にいるなぁ。

薬物のリハビリ施設に来たばかりの僕は3か月で絶対に東京に戻ると決めていたんです。初めての沖縄での生活。NAのミーティングに初めて施設の仲間たちと行きました。ミーティングでは最後に仲間と手をつなぎ 「神様、私にお与えください・・・」 と皆でお祈りをしました。「こんな所にいたら洗脳されてしまう」 とんでもない所に来てしまった、と思いました。

僕は6年間、ほぼ毎日、薬を使っていました。そして結婚もしていました。薬を使っていたせいで、まさか今この瞬間、自分の薬の体験談を書くなんて想像も出来ませんでした。

そして現に今、僕は3か月で帰る予定だったこの沖縄に2年半、居続けています。よくミーティングの文献で「なぜ我々はここにいるのか?」という言葉があります。「答えはわかりきった事だ。私たちはもうどうすることも出来なくなっていたのだ」 まさにその通りなんです。僕は沖縄に居ようが居まいが、この文献通りの薬物依存症者なのです。

薬欲しさの為に、家にあった洗濯機を売り、鍵のかかっていない自転車を売り、母親が大切にしている洋服を売り、なんでも売ってお金に換えて薬を買っていたんです。 あげくの果てにはお金を持たずに薬を買いに行っていました。「お金は今度絶対持ってくるから薬をくれ!」 そういってまたお金になりそうな物を見つけては売って、薬を手に入れていました。

自分で言うのもなんですが、僕は元々、どちらかと言うと性格の優しい方だと思います。人を傷つけてでも薬を使うのは本当に薬物依存症者だと思います。

僕が琉球GAIAに来たきっかけは、母親の通報による逮捕でした。初犯だった僕は執行猶予3年、保護観察処分付きでした。裁判が終わった後、琉球GAIA施設長の鈴木 文一氏と母親が裁判所の個室に居ました。保護観察所の住所を沖縄にして、翌日東京の上野駅で鈴木さんと待ち合わせをしましたが、結局その日の内に薬を買いに行っていました。 そして2週間が過ぎました・・・。そして母親から「沖縄に行かないと、執行猶予が取り消されるよ」と言われ、渋々沖縄の琉球GAIAに行きました。

僕には子供が2人いて、離婚した後、僕が子供を引き取りました。どんなに薬で狂っていても、自分が引き取った子供たちです、本当はすぐにでも一緒に暮らしたいと気持ちは焦りがちになりますが、今は自分自身の回復に懸命に取り組んでいます。そして僕は今、ゴルフ場で仕事をして、元気な姿で年に2.3度子供たちと会うことが一番の楽しみになっています。

たまにこう考えます、もしかしたら元々僕は沖縄に来る運命だったのかなぁって。ちょっとおおげさな考えかもしれませんが、今はそう考えられる少しの心の余裕があります。常に自分は薬物依存症者だということを忘れないように時間があればミーティングに行ったり、琉球GAIAに行って仲間たちと一緒の時間を過ごしたり、毎日健康でいることを意識して過ごしています。時にはネガティブな時もあるけど、周りに仲間がいてくれるし、なんたって沖縄の気候はすごく良いです。本当は琉球GAIAに来た時から心の奥底では、東京には戻らない方が良いと自分で判っていました。

それと書くのを迷ってたんですけど、本当は内妻ともう一人子供がいます。今ではもう、内妻とは思ってません。

彼女も薬をつかっていて、僕が逮捕された日に彼女も逮捕されました。僕が琉球GAIAに来て一つ気付けた事は、彼女に依存していたと言う事です。沖縄に来た当初は東京にすぐ戻って彼女に会いに行きたかったし、自分の間違った信念を持ち続けてたんです。

実はもう一つ。3か月が経った時に保護観察所の東京への転移届が受理されませんでした。今思えば、しぶしぶ沖縄に居続けたらいつの間にか沖縄に自分の居場所が出来てました。結果論かもしれませんが、なんだかんだここまで良くストイックにやってこれてるなと自分で感じています。今は心の健康の回復も少しずつしてきています。ジムに行って運動して、ご飯をいっぱい食べ、仕事をして、ミーティングに行って、琉球GAIAの仲間と触れ合ってこれからもボチボチやって行きたいです。少しずつ、ゆっくりと。

以上です、ありがとうございました。

お問い合わせバナー