「ゆっくり気長にやってこう」・GAIA 阿部 明

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「ゆっくり気長にやってこう」琉球GAIA理事 阿部 明

皆さんこんにちは、琉球GAIAスタッフの阿部 明です。今回はGAIAにつながる前と退寮した後のことを書かせてもらいます。

自分が繋がる決定的になった出来事は四年間止めることの出来ていたクスリの使用が再び始まったことです。使用期間は二四歳から二六歳の二年間ですがこの二年間で一気に底をつきました。再発の原因になった事は仕事のストレスでした。当時の仕事はホテルで料理人をしていたのですが、すごく忙しく週に何度かは泊まり込みで仕事をする状況で、常にピリピリした人間関係の中で仕事をしていました。身体的にも精神的にも疲れ果てた状況の中、仕事帰りにクスリを使っている友人に偶然出会いました。案の定クスリを誘われ、はじめは断っていたのですが心が揺れて「こんなに仕事がんばっているから一回くらいならいいだろう。頑張っている自分へのご褒美だ。」と思い使ってしまいました。

それから二年間で一気に底をつき、自分の姿を親が見るに見かねて警察に通報し逮捕されました。その後GAIAにつながる事ができたのですが、その時はまだ離脱がひどく妄想がとれない状態でした。

そんなひどい状況(苦しい)での入寮スタートでしたが自分は結局十ヶ月入寮することになります。その間は自分で言うのもなんですが結構真面目にプログラムをこなしてきました。そして七ヶ月で就労プログラムの許可が出て仕事探しを始めました。実はこの時期、サーフィンプログラムにはまっていて入寮生活も楽しくてとても充実していました。「出来ることならもう少しサーフィンを楽しみたいなぁ」とおもっていたのですが・・・(笑)

そして仕事の給料を自立資金に充て、GAIAの近くにアパートを借り、入寮十ヶ月で退寮することになりました。その後通所でGAIAに通う生活を一年六ヵ月続けました。

仕事が終わった後にGAIAに寄ったり、休みの日にはGAIAのスポーツプログラムに参加したりしました。この時期は入寮生活時とは違って先行く仲間の立場として何か役立つことはないかという気持ちも芽生えていました。そんな考えが出てきたのも人間関係が健全になってきて自覚と責任感が育ってきたのだと思います。クスリを使っていた頃は、平気で嘘をついて他人をだましてきました。とても苦しい記憶です。

ですから施設につながってからは信用されるような人間になろうと心がけてきました。少しずつ信頼関係が築けてくると色々と頼まれたりすることが増えてきました。そんな関係が築けて仲間の中に居る事が自分の孤独感を解放出来ることだと気付きました。そこが自分の回復のスタートだったような気がします。

入寮、通所を経てOBとなり、OBとしての生活を約三年続けました。しかしこの三年間は試練の連続でした。通所の頃は仕事帰りや休日にGAIAに顔を出していたのですが、全然顔を出さなくなり、仲間から離れていったのです。俗にいう「治っちゃった病」に侵されていたのです。「クスリはもう三年止めているから大丈夫」「もうプログラムは必要ないな」そんなことを考えていて、段々GAIAに行きづらくなり、しまいには全く顔を出さなくなったのです。

しかし、仲間から離れた生活をしているうちに自分の病気は進行していました。「クスリさえ止めていれば大丈夫でしょ」という気持ちで自分の内面を見つめる作業を怠っていました。生きづらさを感じるのも当然の結果でした。

そんな時GAIAでスタッフ研修をする機会を与えられました。色々悩んでいた時期だったので正直救われた気持ちでした。それと同時に今までGAIAから多くのことを与えられていたので少しでも恩返しがしたいと思いスタッフ研修を受けました。

現在スタッフとしての生活も六年目になります。沖縄での生活も十一年目を迎えました。まさか自分が沖縄にこんなに長く住むことになるとは思っていませんでした。クスリを使っていた頃は必死に苦しみながら生きて、クスリを使う以外は「幸せだなぁ」と感じることはありませんでした。しかし沖縄でプログラムに繋がり、身も心も健康的になって生きている実感を持てるようになりました。第二の人生(新しい生き方)は沖縄からスタートしたのです。だからこそこれからも沖縄でやって行く決断が出来たのだと思います。「ゆっくりと気長」にやっていく大切さは仲間の中にいたからこそ気付くことができました。

最後に入寮中の頃ですが鈴木施設長が「自分にとって回復は幸せだ」と言っていました。その言葉を聞いて自分も「幸せ」を感じる瞬間を増やしたいと思いました。「回復=幸せ」という言葉に希望を持ちました。これからも「回復=幸せ」を実践していきたいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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